リモートワークが始まったばかりの頃、AQでは対面での集まりに対する社内用ガイドラインを作成しました。「対面での打ち合わせを求められたらどうすべきか」という社員の不安に対し、ガイドラインを作って会社の方針を示し、同僚やプロジェクトの協力者、そしてクライアントと話す中で、個々人が意思決定できるようにしました。
AQでは、日本人リサーチャーが最初にこの選択を迫られる可能性が高かったため、早い段階からあらゆるシナリオを想定したガイドラインを作り、1年以上社内で運用しています。
2020年秋、東京の新型コロナの感染者数は比較的低めで、公共交通機関は通常通り運行し、レストランも感染症対策をした上で営業し、AQの社員数名は時々オフィスでの勤務を始めていました。そんな最中、通算100件の対面インタビューを伴う調査を実施したいと言う問い合わせがありました。かなりテンションの上がる内容で、この状況下でどうしたら実施できるかを積極的に検討することにしました。
AQではこれまで、リモート調査を行うため、必要な機材を参加者へ送付するノウハウは蓄積してきました。(リモートで定性調査:参加者にインタビュー機材を送る手続きについてはこちら)しかし、このプロジェクトは特殊で、参加者へ機器を送ることが出来ません。参加者にオフィスに来てもらってインタビューを行うか、案件を実施しないかの2択でした。
この記事では、対面インタビューを実施するために私たちが実践したことと、そこから得られた学びを紹介します。
注意:以下で紹介するプロセスや学びは、AQがリサーチを行う特有な環境(チームの構成、クライアントなど)によるものであり、推奨することを目的としていません。また、原文(英語)の記事が執筆・公開された2021年3月時点そして本文公開の5月末では全国的に緊急事態宣言が発令されており、全てのリサーチやテストをリモートで実施しています。
まず最初に行ったのは、会社のガイドラインの見直しでした。どんな方法であれば自分たちも安心か、対面での調査は本当にできるのか、本音で話し合いました。実施にあたって必要な準備や感染症対策が見えたところで、プロジェクトを前に進める意思をチームで固めました。
事前の話し合いはもちろん全てリモートでしたが、準備が本格化すると現場で話し合いながら進めました。
海外に拠点を置くクライアントとも同様に、状況の進展具合によって、どの段階でプロジェクトを中止/再開するか、最低限決めておくべきことを話し合いました。
合わせて、リクルーティング会社にもモニターが調査に参加に対する抵抗感や不安に感じている点について聞いてみました。私達の肌感覚と同じく、「三密」が避けられる場所であれば、マスクを着用して公共交通機関を使い、どこかに出向くことには抵抗はなさそうであることがわかりました。
参加者を集める際に使うスクリーナーは、インタビューに参加する上で守ってほしい条件(マスクを常に着用することや、インタビューに参加する際にはリサーチャーの指示に従うこと等)を応募者に伝えられる絶好の機会でした。参加に当たっての条件をきちんと伝え、それに同意した応募者から選定することで、後々の誤解やトラブルを避けることができます。また、参加を決めた人にとっても、感染症対策がされたインタビュールームで行われることがわかり、安心して参加することができます。
これまでは、記録のための録画や観察者がインタビューの内容を聞くことを考慮し、声を拾いやすくするために参加者やリサーチャーにはピンマイクを身につけてもらったり、参加者とリサーチャーが話しやすい空気を作りやすくするため、小さめの会議室を使うこともよくありました。
今回は感染症対策として、オフィス内で一番大きい部屋をインタビュールームにしました。家具も動かして配置を整え、参加者とモデレーターが適度な距離間で座れるようにしました。
対策の1つとして、換気にも気を配りました。新鮮な空気を室内に取り入れつつ、快適な室温も保つために、部屋の対角に位置する窓をわずかに開けることで風の通り道を作りました。また、暖房の利用で下がってしまう湿度レベルを60%で維持するための加湿器も必須アイテムでした。
お店のレジでよく見かける透明の間仕切りを使うことも検討はしましたが、スペースも十分確保でき、換気もできているので、結局不要と判断しました。
以前より大きい部屋の音声をしっかりと拾うため、今回はコンデンサーマイクを採用し、参加者とリサーチャーの間に設置しました。マイクを使う時は、全ての会話がしっかり拾えるよう、録音環境に合わせて細かい設定を変更することがとても重要です。今回は、1対1のインタビューだったので、参加者とリサーチャーの間にマイクをセットし、両側から音声を拾うようにしたら、精度はバッチリでした!
インタビューの前日までにインタビュールームのセッティングと予行演習をしておくことも大切です。これで、インタビュー当日の準備がだいぶ楽になります。コロナ禍では特に、普段の準備に加えて気をつけなければいけないことが増えました。例えば、換気のために窓を開ける、人の手が触れる箇所の除菌、加湿器の水を入れて電源を点けておく、など。これらを、インタビューごとに、忘れずに行う必要がありました。
カメラOK。音声もOK。加湿器、座席、照明、換気、除菌もOK。インタビュールームはいろんな機器が並びますから、観葉植物を置いたりすると部屋の雰囲気が明るくなります。
参加者を迎え入れる 参加者を迎え入れる際の流れは、街中ですでに見慣れているものを参考にしました。東京では、お店に入る時に顔認証付きの検温カメラや非接触の体温計などで体温を測ります。消毒スプレー自体は、コロナに関係なく一般的ではありましたが、今ではどの店舗の入り口に必ず設置され、消毒するように促されます。それに倣い、私たちも参加者を出迎える時は、非接触型の体温計で体温を測り、手をかざすと消毒液が出るスプレーで消毒をしてもらいました。
AQのオフィスでは、普段からゲストにも全員靴を脱いでもらうというルールがあり、今まではオフィスにあるスリッパを履いてもらっていました。今回は、知らない人が使った物を使う時に人によっては感じてしまう不快感を排除するため、使い捨てのスリッパにしました。
実は、スリッパの他にもマスクや殺菌済みゴム手袋などを入れた「除菌セット」を用意し、参加者に配る準備もしていました。しかし、予備のマスクを求める人はいなかったし、調査で使う機材を素手で触ることも抵抗を示す人はいませんでした。ただ、希望さえあれば、いつでもマスクとゴム手袋を提供できるよう常に控えてありました。
インタビューの冒頭では、ご協力の感謝に加え、参加者に部屋を換気していることや除菌シートや消毒スプレーは用意があることを伝えました。
リサーチャーは参加者と対面するため、日頃からふるまいには気をつけていますが、コロナ禍での対面リサーチでは特に気を払いました。マスクを常に着用し、手を定期的に洗い、ことあるごとに手の消毒をしました。感染症対策の取り組みの一環でしたが、その意識で参加者の前でも消毒をすることで安心感を与え、お互いに対策しましょうというメッセージにもなったかな?と思います。
世の中の状況が常に変化している中、場合によって参加者の気持ちが変わり、リサーチャーと同じ部屋にいることを拒み、参加をキャンセルされる可能性を想定しました。その場合に備え、リサーチャーが隣の部屋からリモートで参加し、参加者は実機のある部屋でタスクを実施する、という方法も想定しておきました。結局この方法は使う必要はありませんでしたが、万が一参加者が少しでも不安な様子を見せた場合のリスクを想定し(調査自体に影響が出る!)、場合によって迅速に対処ができるような想定と準備が大切だと思います。
同じ内容のインタビューを1日に何本もやるので、インタビューが終わると、次のインタビューのためにカメラやマイクをチェックし、機材のセッティングを元の状態に戻す必要があります。今回は、ペンや机などリサーチャーや参加者が触った箇所を除菌したり、使い捨てのスリッパを捨てるなどの感染予防対策を加えました。
リサーチ実施期間中、リサーチャーは時間に追われます。インタビューの合間の短い時間に次の準備や頭の切り替えに集中できることが大切です。AQではスタジオマネージャーにお弁当を用意してもらうようにし、旬のフルーツや飴などもヘルシーに糖分補給が出来るように常に置いてあります。お湯にティーパック、コーヒー、水など、数種類の飲み物の準備もあります。
リサーチ期間中にランチや飲み物などをオフィスに用意しておくことは普段から変わらない習慣ですが、衛生面や安全面を、通常より気を付けなければならなかった今回のリサーチにおいて、余計な心配をせずに健やかに遂行するために大切なことだったと感じています。
3ヶ月に渡ったこの調査の終盤には感染者数が増加し始め、その数週間後には全国的な緊急事態宣言(2回目)が発令されました。
振り返ってみれば、今回はクライアントからの問い合わせのタイミングが良かったため、対面での実査に踏み切れたと思います。少し遅かったら、違う選択をせざる得なかったかもしれません。
リサーチャーの仕事の基本は、何よりも観察と傾聴です。それが今回の調査実施に活かされたと思います。人と人が対面することを避けなければならない事態となり、そして世の中の状況が日々変化する中で、参加者、クライアント、チームメンバー、そして自分たち自身に対してこれまで以上に配慮し、起こりうる状況を想像し、準備し、それぞれのニーズにさらに敏感になれたと思います。