調査レポート:アート&クリエイティブ業界における地震の影響に関するアンケート

レポート執筆:松山直希 | 編集:佐々木朋美クリス・パルミエリ | 協力:平野智紀

5月11日から27日まで、AQは、東京アートビートと協力して3月11日に日本を襲った地震と津波がクリエイティブ産業にどのような影響を及ぼしたかを調べるためのオンラインアンケートを行いました。このアンケートが地震以降のクリエティブ産業の状況の外観を示し、私たち自身の個々の経験を振り返る際に、より包括的な視点も取り入れるための助けになればと願っています。さらに、様々な人たちの反応や未来への展望に関してのパターンの特定が、クリエーター個人や企業などにとっても有益になると考えています。このアンケートに答えてくださった491名もの方々に心より感謝致します。

回答者層

回答者の属性をあらわすインフォグラフィック
回答者の属性をあらわすインフォグラフィック

まずは、このアンケートに答えて頂いた方々に偏りがあるので、どのような人たちだったのかについて簡単に説明します。回答者の大半は若く、78.7%が20代(35.7%)もしくは30代の(43.0%)の人たちでした。多くが東京に住み(70.7%)、独身で(68.9%)日本のクライアントと仕事(56.1%が日本のクライントのみ、33.7%がほとんど日本のクライアント)をしている人たちでした。産業別には、デザイン産業の人たちが最も多く(40.2%)、次いで多かったのは広告産業(26.8%)そしてアート産業(19.5%)。正社員が半数を若干上回り(51.8%)、フリーランスと自営業の人たち(40.8%)がそれに続き多いという結果でした。

フリーランスと自営業の人たちが多いため、49.4%が従業員の数が「5人以下」と答えたのは、当然のことかもしれません。残りは、様々な規模の従業員数にまんべんなく分布していました(2番目に多かったカテゴリーは、従業員が「20人から100人」で17.9%)。ほとんどが低所得層(年300万以下、39.5%)か中間所得層(年300万~500万、39.0%)に属しています。そして、貴重な時間使ってこのアンケートに答えて頂いた方の中では、女性のほうが多かったようです(58.8%)。

上記の傾向は、アンケートがオンラインで行われ、さらに東京周辺のアートやデザイン関連イベントに関心があり、比較的ネットサービスと親和性の高いユーザー層を引き付ける東京アートビートが、このアンケートを広めるのに重要な役割を担ったためと考えます。

震災の影響

仕事への影響をあらわすインフォグラフィック
仕事への影響をあらわすインフォグラフィック

回答から浮かび上がってきたのは、大半の回答者が住む東京は、震災の深刻な直接的影響をうけなかったものの、ほぼ全員が自身の仕事が様々なかたちで震災の影響を受けたと感じているということです。全く影響を受けなかったと答えたのは、たった2.3%にとどまりました。65.5%もの回答者は、アンケートを実施した5月現在でも影響があると答えており(どちらかと言えば影響がある44.5%、強く影響されている21.1%)、多くの人たち(39.3%)が、通常の状態に戻るのにどれ程の時間がかかるか見当がつかないと答えています。数週間のうちに回復すると考えているのは5.9%だけでした。

震災以降の日本にいた私たちの多くが共有した体験として、公共広告機構ACのCMがテレビの各局で延々と繰り返されたことがあげられるでしょう。ほとんどの企業が、不適切と受け止めれられる危険性から自社のCMを取り下げたため、残ったACのCMが繰り返し放映されることになったわけです。この頃、「自粛」という言葉がメディアでもネット上でも頻繁に飛び交い、このCMの取り下げも同様に「自粛」と表現されることもありました。このアンケートでも、地震の影響を受けたと答えた人の割合が一番多かったのは広告産業でした(86.5%)。しかし同様に全ての回答者の57.2%(少し感じる41.7%、強く感じる15.5%)が、それぞれの産業内で自粛ムードを感じていると答えています。

ありきたりですが、自粛せず、こんな時だからこそうんと元気に暮らし、みんなが帰ってこれる日本を作りましょう。

震災の影響として最も多くあげられた「需要の低下」は、回答者の62.9%が体験したと答えています。これは出版産業で最も顕著で83.9%が需要の低下があったと答えており、逆に低下したと答えた人たちの割合が一番少なかったのがアート産業で48.3%でした。これに関連して、予定されていたイベントの中止や延期(物議を醸した目黒区美術館での原爆に関しての展示会の中止やアートフェア東京の延期が思い起こされる)、インクや紙の欠如(例えば、人気週間マンガ雑誌が出版されなかったりした)、予定外の予算削減、そして突然の外国人スタッフの帰郷などが問題としてあげられました。震災の影響として次に多かったのは、心理的な影響で46.4%が経験したと答えています。これに関して、正社員とそうでない人たちの回答は対照的なものでした。臨時職員(アルバイト、派遣労働者)の60%が心理的影響を受け、33.3%が需要の低下を経験したと答えているのに対して、正社員の中では、心理的影響を受けたと答えた人たちは37.7%にとどまり、逆に多数派の69.1%が需要の低下を経験したと答えています。これは、不安定な労働状況が震災の心理的影響を増幅させたためと考えられます。

回答者からは、社会の中での自分の仕事の意味や正当性に関しての懸念や、他の人との繋がりを大切にする必要性に関しての認識が震災を受けて新しく自分の中に芽生え、さらに無力感や、それに合わせて自分がやってきたことが必要なことではなく、単なる贅沢の上に成り立っているのではないかという思いが生まれたとの声も上がりました。他には、震災が既に存在していた問題を悪化させ、雇用主に問題が生じた時に直ぐに他の仕事が見つけられるように雇用主への依存度を低くしながら、新しいスキルを身につけていくことの必要性、そして自分の産業内で生き残っていくために海外との仕事を増やさなくてはいけない、という認識が生まれたと答えている人もいます。少し違った観点からは、震災以降、建物の損傷や、乱れた公共交通の状況のため出社できなかった人たちが、仕事をするために実際に事務所や会社にいる必要性は、以前考えていたよりも低いことに気付いたという回答もありました。

回答者の74.4%が自分の職業やキャリアについて変化が必要(やや変化が必要47.0%、大きな変化が必要27.0%)と答えたという現実は、上記のような懸念を反映しているものと考えられます。大きな変化が必要と答えた人たちの割合は、被災地に実際赴いてボランティアをした人の中で最も多く(60.0%)、復興支援に関して何もしていないと答えた人たちの中で最も低い(7.9%)という結果でした。胸をうつのは、年齢層別で大きな変化が必要と答えた人たちの割合が最も多かったのが、69.2%の50代の人たちだったことです。これは、震災が何十年という仕事に対しての疑問を投げかけたにもかかわらず、比較的高い年齢のため実際に大きな変化をもたらすことが難しいという現実があることに起因しているのではないでしょうか。

震災を受けての、雇用主である会社や組織のフォローやケアに関しての返答は、様々でした。38.8%が特に良くも悪くもないと答えており、残りの61.2%は、満足している人としていない人に大体同じ割合で分かれています。満足している人たちは、早い時間に家に帰ったり休暇を取ることを許されたこと、流動的な状況の中で対応が早かったこと、そして被災地にボランティアに行くことをすすめられたことなどを理由にあげています。逆に不満だと答えた人たちは、対応の遅さ、 従業員に提供される情報の少なさ、 難しい状況の中で先の計画を立てられないこと、避難マニュアルが震災以降も改善されていないこと、そして特に震災以降公共交通が不安定だったのにもかかわらず、遅刻や早退が認められなかったことなどを理由にあげています。

復興支援

復興支援への貢献をあらわすインフォグラフィック
復興支援への貢献をあらわすインフォグラフィック

このような難しい状況の中、回答者の多くは、被災地を支援するための方法を積極的に模索しています。83.8%が義援金を寄付し、75.2%が電力使用量がピークに達する夏季に突入する中節電に協力し、67.2%が震災直後にスーパーなどの棚が空になった状況が再び生じることを避けるため買い占めをしないようにしていると答えています。回答者の11.4%が現在何らかのボランティアプロジェクトに参加し、7.2%が実際被災地まで行って作業をしました。他にも、被災地の産物を購入したり、震災の被害にあい、ビジネスの立て直しに苦労している被災地の会社に仕事を発注したりしている人もいます。

自分が働く産業が復興作業に貢献できると答えた人たちは37.2%で、自分の仕事を通して貢献できると答えた人たちは、やや少なめの32.1%にとどまりました。つまり多くの人が自分の仕事を通して貢献することが難しいと考えているということです。ここで、興味深かったのは、年収との相関関係が認められることです。年収が多ければ多いほど、自分の仕事を通して貢献できると答える人の割合が増えます。同様に、貢献できないと答える人たちの割合も、年収が上がる毎に減っています。これは、年収が多いほど、実際に動かせるプロジェクトが多かったりや責任の幅が広く、もしくは、経済的な不安定性が無力感を増幅しているためと考えられます。

このように貢献できるかできないかに関しての意見に差異はありますが、クリエイティブ産業主導で、大きく貢献しているプロジェクトが多くあげられています。その中からいくつかご紹介します。

Act for Japan

クリエーターのグループが構築した、様々なクリエーターが復興作業に貢献できることを可能にするためのプラットフォーム。これまでに、チャリティーパーティーやアートオークション等のチャリティーイベントを開催している。
http://act4.jp/

Art for Life

六本木ヒルズとloftworkの協力を通して生まれた、SNS機能を持ったオンラインプラットフォーム。クリエイティブ産業主導のプロジェクトを登録し共有することを可能にしている。
http://www.a4l.jp/

Olive

デザイナーのNosigner発案の、wikiスタイルのウェブサイトで、被災地でも見つけることのできる材料で日用品や避難対策のための道具をつくるための方法を紹介している。
http://www.olive-for.us/

助け合いジャパン

クリエイティブディレクターの佐藤尚之氏が始めた、震災に関して支援が必要な人と支援をしたい人双方のための包括的な情報を提供する情報ポータルサイト。
http://tasukeaijapan.jp/

これらのプロジェクトは、現在でも復興作業に貢献していますが、回答者の一部(14.5%)は、クリエーター主導のプロジェクトに関して懸念を示しています。その理由としては、実質的な有効性の無さ、他の産業に比べて未熟でプロジェクトのスケールが小さいこと、プロジェクトが自己満足に終始したり売名行為になっていること、そして復興作業が長期的な貢献を必要としているのに対して、多くのプロジェクトが一時的なものでしかなかったことがあげられています。

最後に

このアンケートが明らかにしているのは、まずは何といってもほとんどの回答者たちが震災の影響を受けているということでしょう。物理的な被害は東北地方や関東地方の一部に集中したのにも関わらず、特に東京等の他の地域でも、需要の低下から心理的危害まで様々な影響があったことが分かります。さらに震災を受けて、私たちの多くが自分の仕事の意味を自問するようになり、変化が必要と考えるようになったことも一つの大きな特徴です。そんな中、アンケート結果からは、震災以降重要な役割を担えていないと考えられている雇用主たちは、震災が生じた場合に従業員の身体的・心理的な安心を確保するためにこれまで以上の努力をすることが必要でしょう。そしてそれと共に、社会や周りの人たちに対してより直接的に貢献していきたいという声にも何らかの応答をしていくことが求められるのではないでしょうか。

さらにもう一点重要なのが、震災は私たちのほとんどに影響を及ぼしましたが、その影響は、産業、所得、所在地、年齢等を含む様々な条件によって多様に現れたということです。そのため、震災が生じさせた様々な問題に、一つの対処策で取り組むことは非現実的だということがわかります。これは、クリエイティブ産業主導の様々なプロジェクトに対しての、まちまちの反応にも表れているのではないでしょうか。

そんな中、大多数の回答者が自分よりもさらに困難な状況に置かれている人たちのために行動を起こしたこともアンケート結果からわかっています。このアンケートが、そういった既に存在する前進していこうとする力を刺激し、様々な困難を乗り越え、クリエイティブ産業に活力を与え、さらにこれからも継続的な支援をするためのきっかけになることを祈っています。

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  • この調査レポートとインフォグラフィックスのPDFは、Creative Commons BY-SA 3.0のもとで発表します

併せて、「3/11震災マップキット」と「東日本大震災関連データの可視化のまとめ」もご参照ください。