日本人デザイナーにとって、時に欧文書体の選択は難しいものです。書体の持つ、微妙なニュアンスや文化的背景が掴みにくく、「Helvetica」や「Garamond」といった古い付き合いの書体から離れられなかったり、真意とは異なる意味を含む書体を選んでしまったりするのです。

ところで、毎年何千もの欧文書体がリリースされていることをご存知ですか。このシリーズでは、現代の世界中のタイプデザイナーによってつくられた、上質かつ多様に使える優れた書体をご紹介していきます。

どのような人が、何を思ってこれらの書体をデザインしたのか、知りたいと思いませんか。

Jeremy Tankard
Jeremy Tankard Typography
イギリス、リンカーン

「Bliss」と「Gill」と「Johnston」

今回ご紹介する「Bliss」は、「Gill」(1930)や「Johnston」(1913年)と同類のイギリス風のやわらかく自然なサンセリフの書体です。「Gill」の制作者Eric Gillは、「Johnston」の制作者Edward Johnstonの弟子。Johnstonは、ロンドンのサブウェイシステム用の書体として、「Johnston」を制作。そののち、Eric Gillがその書体をよりよくしようと「Gill」を制作。そのため「Gill」は「Johnston」と非常に似ている。しかし、「Johnston」は「エル」と「アイ」と「1」に違いがあるなど、「Gill」よりも優れている面もある。「Gill」は、始めは数種のウエイトのみだったが、後に太いウエイトを追加。それらは、初期のものと完全にマッチしていないなど問題も。「Bliss」はウエイトの種類が豊富なので、使いやすいといえるでしょう。

この書体を作るにあたってのインスピレーションは何でしたか?

エドワード・ジョンストン(Edward Johnston)による、独創性に富んだすばらしい著作である「書字法・装飾法・文字造形」(原題 「Writing & illuminating & Lettering」)が1906年に初めて出版されました。ジョンストンは、手書き文字(カリグラフィー)への興味の喚起と、イギリスに存在した幅広い文字、または活字の紹介を、この本と彼のレクチャーの中で目指していました。ジョンストンの信念の一つに、ゴシック書体の大文字は、Roman square capital(ローマ時代に使われていた大文字)の比率で作られれば、ずっと調和がとれて受け入れられやすいものになるはずだというものがありました。「Bliss」はこのアイデアへの認識からスタートしました。

「Bliss」をデザインするにあたって、次の3つを目指しました。シンプルであること。視認性が高いこと。そして「イギリス風であること」です。(というのもイギリスでは形状はソフトで、流れるようで、そしてカーブが豊富に使われます。)小文字の形状が、そのいくつかの考えかたを表しています。例えば、小文字の「エル」は明らかに、大文字の「アイ」や数字の「1」とは違う形状です。二つのカーブからできている小文字の「g」の形状は、イギリスの伝統的なゴシック体のデザインに見られます。「Bliss」の特徴の多くは小文字の方に見られるはずです。Hans Eduard Meierというデザイナーの「動的構造」の推論に影響を受けた結果として、文字がもっと自然で流れるような形状になりました。


The British Museum
ウェブサイト

書体の歴史についてですが、デザイナーが「Bliss」を選ぶ際に、歴史を理解することはどれほど重要ですか? いいデザインになればそれで十分だとお考えですか?

歴史の要素というのは私の働き方そのものです。他の多くのデザイナーと同様、私は無からはデザインできません。現時点において、未来のためにデザインをするためには過去から学んでいくことが重要だと信じています。書体の歴史というのは、とても魅力的でそして常に進化しています。
これらのことは書体と、書体を使った日々の仕事への私からの感謝に繋がっていると思います。「Bliss」(もしくはその他の書体)を使うデザイナーがその歴史を知る必要があるわけではないですが、デザインの一部として、それにまつわるストーリーもまた引き継がれていくでしょう。また、ときには書体の歴史(文化的遺産ともいえるでしょうか)はその書体を使うことについてクライアントを説得する際に、大きな助けにもなるかもしれませんね。

「Bliss」の理想的な使い方はどのようなものですか?

出版というよりは主に企業的な利用ですね。美術館、ギャラリーなども。これまで英国的雰囲気を出したい企業が使ってきました。看板の制作会社も使ってきました。「Bliss」が形状としてオープンで、ソフトで、視認性が高いことから、「親しみのある透明感」が求められる際によく機能するのではないでしょうか。

「Bliss」で一番気に入っている文字はどれですか?

小文字の「g」の形状が好きですね。「Bliss」は私がデザインした最初の書体のひとつなんです。

好きな書体はありますか?

これはいつもですが、難しい質問ですね。そして答えは常に同じで、「たくさんで、そしてどれでもない。」というところでしょうか。

Monotype Bemboの復興に影響を与えた、元の「Aldine roman」が好きです。

ロンドンのThe Doves Press出版によって使われた、「Doves Roman」も好きです。

サンセリフの「Figgins」「Stephenson」「Blake」なども好きです。

「Johnston Underground」も好きです。

Jan van Krimpenの「Cancelleresca Bastarda」も好きです。

そして、タイポグラフィーの歴史が生み出してきたその他の多くの書体が好きです。

私が手がける全てのプロジェクトの際に、古いものでも新しいものでも自分に影響を与えた書体のリサーチをしています。

翻訳:藤高晃右